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つぶやきといふ名のぼやき
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いやはや。
なんかほかにことばがない感じ。

ふたりゐるといふだけで、あんなに豪華な感じになるかねといふ二人道成寺。
大和屋と、さらに播磨屋のつきあふ文七元結。

もつたいないほどに豪華だ。
贅沢過ぎる。
おかげで夜の部では疲れきつてゐたよ。
とほほ。

もう昼夜とほしで見るのはムリかな、体力的に。

と、もう何年も云つてゐる。
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おそらくどれほど見えるか確認してないな。
九段目はほとんど見えなかつた。
これで一万円は取りすぎだ。
野田秀樹はクラシックを使ふのが好きだ。
つて今更書くまでもないか。
印象に残るのは「パンドラの鐘」の「カレリア組曲」第二楽章。「贋作罪と罰」再演の「ローエングリン」第一幕への前奏曲。

今回のマーラーの交響曲第五番第四楽章も長く記憶に残ることだらう。まさか和楽器で聞けるとは思はなかつた。

「歌舞伎」にする意味があるのか。
毎回問はれることだが。
おそらく呼んでゐるのは歌舞伎の方なので、この問ひにはあまり意味がないやうに思ふがどうか。

後半、鬼人になつてからはおもしろかつた。大きいと迫力がちがふ。
前半はその大きさをチトもてあまし気味?

まぁそもそもお姫さまが二枚扇つてどーよ、といふ話もあるのでな。

記憶がない。
どうして新作歌舞伎といふのは客席の照明を落とすのだらうか。
「消へてるんだもん、客が寝てたつて仕方ないよね」といふことなのか。
「客席が暗いから客が寝てても気にならない」といふことなのだらうか。

頼光といふよりは勧進帳の主従みたやうなのは演出か。
最後、「がんどう返し」なのもかな。

まぁとにかく記憶がない。

開演前に背後の客が「これだけはみなくちや」と話しあつてゐた。
そのとほりだと思ふ。
今月、いつち見なければならないのはこの芝居だ。

大和屋がなぁ……。どうにもセリフがいい。セリフがいい、といふのはなにも川口松太郎の書いたセリフがいいといふだけぢやあない。生きて血肉の通つたものになつてゐるといふことだ。

子役がまたねぇ。なにをかいはんや。

なんだか回を追ふごとにらくだの馬さんは藝達者になつていくなぁ。
死人なのに。
くず屋の酔つていくさまが案外さらつとしてゐて好感がもてる。

菊之助は母親似だなぁ、と、思ふが、ふとした横顔が祖父にも似てゐる。当然父親を思はせるところもある。
いい感じにすべてが混ざつてゐるといつたところか。

最後は松嶋屋ふたり。
もうひとりゐるんちやふの、つてそれは云はない約束か。

初見。
冒頭のくすぐりは、ツァラトストラはかく語りきにのせて登場するトラ鴨。トラッキーたのすけに三河屋のカーネルサンダースがムーディー勝山の歌とエドはるみのネタ。
トラッキーたのすけはタイガースのマークの入つたボールを客席に投げていゐた。

紀尾井町は、あんまし朱を入れない方がいいんぢやないかな。
よけいなお世話か。
家橘の女方は久しぶりかも。
橘太郎の白酒売りの老人がかはいい。
これを見るために松竹座みに来たんだ。
相模を見た時にさう思つた。
相模と藤の方の入りからはじまる丁寧な演出。

相模は小次郎の首を階にのぼつて受け取る。
古い写真でしか見たことのない型だ。たしか魁車だつたと思ふ。女方がそんなはしたない、といふ意見が多い。だが、必然性を感じさせてくれれば話は別である。
結局、型といふのはさういふものなのではなからうか。

熊谷のせりふも「夢であつたなぁ」である。

いい。
たまにはかういふ熊谷もいいぢやあないか。



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